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<<   作成日時 : 2008/09/03 16:09   >>

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仏様は神様です
 性同一性障害を抱える人々の運動のしかたを考えても、アメリカでやってうまくいった方法が、そのまま日本でうまくいくとは限りません。どんなことであれ、それは同じだと思いますが。
 たとえばアメリカで男から女になることを考えた場合、特に白色人種に顕著ですが、デカくて毛深くてゴツい女性になりがちで、見た目で分かってしまうことが少なくありません。そして保守的なキリスト教国によくいる、「聖書で禁止されていることを行う者には罰を!」と思いこんでいる輩からひどい暴力を受けてしまい、命を落としてしまう当事者もいるのです(女装や同性愛は確かに禁止事項として明文化されていますが、それは聖書筆者の時代的文化的、または個人的背景から完全に自由ではない記述であると思われますし、どんな者に対してでも暴力で罰を加えるということは、愛の宗教であるキリスト教の根本の教えに反していると私は思っています。「キリスト教」の章で詳述します)。それだからこそ敢えて立ち上がり、広く人権を訴える活動や、ロビー活動などを盛んに行う当事者がたくさんいるのです。生存を賭けた闘いなのです。
 日本のようなアジア人の場合、元々の男体がそれほどゴツくないし毛深くないことが多いため、声の低さに問題を残す人はありますが、一般的な女性として歩くことに、白色人種ほどの問題はありません。また歌舞伎や宝塚などで異性装が伝統文化として根付いているため(『古事記』の中でさえ、天照大神の男装や日本武尊の女装の記述があります!)、自分の家族や職場に当事者がいる時には事態が深刻化することは時々あるものの、あかの他人のことを性別不明だからという理由で、殴ったり殺したりするお国柄ではありません。それで不断の活動を、数多くの当事者が常時しているというわけではないのです。
 私も人権シンポジウムなどに呼んでいただいてお話することがありますが、何人かのシンポジストがいる場合には、よく在日外国人の方もお話されています。銭湯に入ることを拒否されたとか、いつまでたっても住民票がもらえないとか、なにか性同一性障害の人にも通ずるところがあって、しかも私たち日本人からそのような仕打ち受けているのかと思うと、頭をさげたくもなりますし、実際にさげることもあります。
 このように日本人はヘンに排他的なところがあり、「おらが村の氏子衆」以外はヨソモノ扱いするところも昔から今も変わらずあるのですけれど、自分たちが好奇心をもっている対象や、あまりにも強力で排斥しがたい外来のものごとに対しては、古くから柔軟な態度で臨んできました。性別のアイマイな人々に優しいのは、好奇心があるからなのかもしれませんし、「自分には無関係だし問題にもならない奴らだから」と思ってのことかもしれません。過剰に意識して暴力をふるわれるよりは、はるかにありがたいことですが。 仏教に関しては、しかし、意見は二つに分かれたようです。
 仏教の日本伝来は六世紀半ば、百済の聖明王が、仏像やお経を持った使いを遣わしてきたことが初めとされています。日本の当時の欽明天皇が「どうしようかね?」と家臣たちに尋ねたところ、「近隣の国じゃ流行ってるらしいし、我が国もひとつ」という好奇心派と、「だめだめ! 日本には八百万の神様たちがいて四季を通じてお祭りしてんじゃん。外国の神様を拝んだりしたら、日本の神様たちが怒っちゃうよ」という排仏派とに別れたため、「でもまあせっかくだから、試しにやってみっか」ということになり、好奇心派の筆頭だった蘇我稲目が自宅を寺にして、海を渡ってきた仏像を安置しました。
 ところがそののち度重なる疫病の流行があり、「それ日本の神様の祟りだ」ということで排仏派がハバをきかせ、ずっと後になって崇仏論者の聖徳太子が登場するまでは、仏教は日本に根付かなかったのです。
 先ほど「外国の神様を拝んだりしたら日本の神様が怒っちゃう」と書きましたが、これはふざけて書いたわけではなく、「蕃神(あたしくにのかみ=外国の神)を拝みたまはば、恐るらくは国神の怒を致したまはむ」という『日本書紀』の一文の意訳なのです。仏や菩薩は悟りを開いた人間、開くべく修行している人間の尊称で、最も高いレベルの人間ではあってもいわゆる神ではないのですが、日本人は最初は誤解していたのです。今でも違いがわかる、あるいはわかる必要を感じている日本人は多くないかもわかりません。
 なんといっても日本の人は昔から何でも、一度取り入れてしまうと元の国の人がどう思うかなんてことはそれほど考えず、自分たち流に料理してさらに発展させてしまう面白い才能がありますよね。学ぶは「まねぶ」ですから、学びの巧い国民なのでしょう。仏教も日本に来てからさらに発展進化したのですが、そこにいく以前になんとかしなければならなかった神道との折合いに関しても、とても日本らしいやり方で解決したのです。
 仏教が盛りとなるのは、あのどデカい大仏様ができた奈良時代であり、元々は仏をも神様のような方と思いこんでいた下地もあってか、「神仏で争うのはおかしい。共に拝まれるものだ。神は仏法を守るものだし、神も仏法によって悟りを得ることができるわけだしさ。仲良くやるのが本当さ」という意見が、当時は余裕綽々だった仏教側から出て、神道側も同意したため、神社の中に寺院ができたりもしました。神宮寺(または別当寺)と言います。ここでは神様にお経を聞かせていました。
 それから三百年くらい後の十世紀ごろには、神仏習合、つまりもう少しミックス度が上がっていき、いわゆる「本地垂迹説」が成立しました。元々は仏や菩薩だったのだが、衆生の救済のために、日本には日本の神々となって現れたのである、という考えです。元々神様は仏様だったのだ、というわけです。「えっ、いくらなんでもそんな」と今では思えますが、南北朝には「いや、神様が仏様になったのだよ。逆だよ逆」という反本地垂迹説も現れたりもしたのです。そして神様は仏様、仏様は神様と、それぞれの立場によって如何様にも思われ続けてきたのです。
かくして明治政府による近代天皇制国家徹底のための神仏分離まで、どちら様もピースフルに共存共生なさっていたのでした。正月は神社に初詣、結婚式はキリスト教会で、葬式は仏式で、という一般的な日本人について節操がないと嘆く外国人も、そして日本人もいるものですが、「いいじゃん、みんな一緒で。波風たてるのよそうや」という大らかさ、そして愛するワンネスの思想の一形態は、二百年ほど前の日本では今よりもっと浸透していたのかもしれません。
のちに興った様々な神道の宗派、仏教の宗派の中には、排他的なものもあったのは事実ですが、国民の源に全てに神をみる心が流れていたために、少なくともそれに似た考えのものとは早く混じり合えたのでした。仏教では神という存在には重きを置きませんが、「一切衆生悉有仏性」――一切の生き物には仏性がある、という考えがあって、それは神道と実に呼応できるものです。「仏性」を「神性」と言い換えてみて下さい、一切の生き物には神性がある――とすると、山や滝や巨木を祀った神道と、ほとんど重なり合うように思えるのです。この考えがあらばこそ、「仏様は神様です」と言ってしまってもよいのかもしれません。
これが唯一絶対神をいただくキリスト教となると(実体はどの信仰も似ているのだ、と私は思っていることをキリスト教の章でも述べますが)、一切の生き物は神様の似姿である人間が管理すべきであり、神様と同じ性質はイエス・キリストのみが持つ、という言い方をされることが多いため、元々が「まあいいじゃないか」的な性格の日本人にとっては、キュークツに思われるところがあるのではないでしょうか。しかしその同じ日本人の、「楽しいところは取り込もう」式の面も発動されて、夜の町が美しくなってケーキやパーティの楽しいクリスマスや、なんだかかっこいいチャペル・ウェディングは定着したようです。
私は神道よりはキリスト教の方を意識して生きてきましたので(思うに神道は、とりたてて意識するほど遠くになかったのです)、若い頃はこのような日本のチャランポランに見える部分を恥ずかしく感じていたのですが、どんな形であれキリスト教の一片を日本人の人生のサイクルに取り入れていく方が良いことかもしれないと、三十歳くらいから思うようになりました。キリスト教と見れば弾圧していた時代よりも、ずっと平和でハッピーではありませんか。そしてその感覚が、私にとっては一番大切なのです。

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