あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!

アクセスカウンタ

zoom RSS キリスト教1

<<   作成日時 : 2008/09/03 14:38   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 自動書記というものがあります。この章以降、私の友人がそれをしていることが度々出てきますが、自分の守護霊様とか、高次元の霊などから無意識に、あるいは意識的にメッセージを受け取って、無意識状態、あるいははっきりと覚醒した状態でそれを書き取ることです。本当に勝手に手が動くのだそうです(人によっては非常に低級な霊がいたずらする場合もあるので注意が必要です)。たいていは、メッセージを受け取ると同時に書き出しています。
例えば覚醒した状態でスラスラ書いている人を見ると、それが別の次元から送られてきたものを書いている最中にはとても見えません。しかし時としてその内容は、書いている本人も、また周囲の人間もぶっ飛んでしまうような、神秘の解き明かしに満ちているのです。
なぜ高次元の方々がそのようなことをするかと言うと、多くの場合は、その書き手を通じて周囲の人々に、この世だけが全てではないこと、自分一人で生きているわけではないこと等の、よりよく生きるための示唆を与えるのが目的なのです。
 キリスト教の聖書は書き手が天からの霊感を受けて書いたものだと言われているので、もしかするとこのようなものに似ているのかもしれません。
 現在でも、イエス・キリストご自身や、イエスさまを巡る事柄についてのメッセージを自動書記している、という人も少なくないのです。その中で世界的に翻訳されているものを二つ挙げてみようかと思います。
 仏教の章で少し触れましたが、イエス・キリストは「物静かであった」「熱血漢で革命児だった」など、色々な人物像が語られています。もちろん深奥が物静かで表面が熱血漢であったり、その逆であったりすることは十分可能で、そしてそういう人はとても魅力的です。
 以下の二冊は、それぞれ対照的なイエス像が書き表されていますけれども、いずれも自動書記によって書かれたものだそうです。

フロリゼル・フォン・ロイター著、近藤千雄訳『イエス・キリスト 失われた物語』ハート出版
※ウィーン国立音楽院のヴァイオリン科の教授だった著者は、母親も自分も自動書記の能力があったとのことで、もしかするとコナン・ドイル(シャーロック・ホームズの一連の探偵小説で有名ですが、実はものすごい神秘家で、死んだ後も次々と色々な人にメッセージを送ってきていたそうです)かもしれない正体不明の霊から、イエス・キリストの聖書に書かれなかった真実(と言われる)を物語風に綴ったものです。こちらはかなり活動的なイエス像です。

ポール・フェリーニ著、井辻朱美訳『無条件の愛 キリスト意識を鏡として』ナチュラルスピリット
※スピリチュアリストで牧師でもある著者が、イエス様ご自身という分離した存在ではなく、自分の中の「キリスト意識としてのイエス様」の力によって書いたという一冊。愛に関する美しい記述を中心に穏やかに説かれています。表紙や中表紙にあるイエス様の御顔がすばらしいです。

 しかしこんな話は、実際にキリスト者である人は鼻もひっかけないかもしれません。信仰が篤い人ほど、おそらくそうでしょう。本当に自動書記なのかどうかという証拠もないので、まあ無理はありません(とても面白いうえに啓発される本なので、どちらもおススメですが)。
では新約聖書などではどのように書かれているのでしょうか。新約聖書全体を読む限りでは、かなり熱血漢で感情豊かで、しかもズバズバ物を言うタイプの人に思えます。たとえばこんな場面もあります。
「イエスはエルサレムに上がられた。そして牛、羊、はとを売る藻の両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、はとを売る人々には『これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな』と言われた」(ヨハネによる福音書二――十三〜十六)。
かなり猛々しい記述ですね。このように何があってもニコニコしていたという人ではなかったようです。神様の義に背いた人に対しては怒りもしたし、時に応じて喜怒哀楽を露わにすることも、もちろんあったことでしょう。
 ただ後世の人々が、「イエス様はこういう人々やこういう事態に対しては厳しくされるはず」と期待する場面や人と、実際にイエス様ご自身が怒りをもたれる人や状況が、一致していたかどうかはわかりません。
 そう、私のような性的少数者にとって、キリスト教の話をすることはビクビクものです。「神道」の章で少し触れましたが、根本聖典である聖書でハッキリと、異性装や同性愛が禁じてありますし、もしあの時代に性転換という方法が存在していたら、間違いなく大罪とされたであろうと思えるからです。
 とは言えどう考えても、イエス・キリストご自身がそのような考えをもたれるはずがないのです。どう考えてもです。あり得ません。文字として残る根拠はそれほど力強いものがありませんが、心底「そんなはずがない」と感じられるのです。私の胸からわきあがる自然な感情で、止められません。
 私は三つ四つの頃から、グレゴリオ聖歌やバッハの多くの曲のようなキリスト教音楽、キリスト教美術その他、キリスト教にまつわるものに無条件に惹きつけられる子どもでした。家はまったくその要素のない所で、小さな仏壇しかなく、しかも仏教系の信仰をしている親で、お寺が経営している幼稚園に行っていたにもかかわらずです。(T章で書きましたように、お坊さんが守護霊様であるにもかかわらずです!)
 何か大きなものが、両手を広げて待っていてくれるような――キリスト教に対しては、そんな印象をもっていたのです――おそらくその何かは「愛=神」なのでしょう。
 ですから、拒絶されたくなかったのです。しかしそんな心配は無用かもしれません。拒絶するという行為は、本当の愛にはありませんからね。

その成立
 キリスト教と言うからには、イエス・キリストを信じる宗教には違いないのですが、「キリスト」の意味は「油を注がれた者」ということで(王などが任命される際に、頭に香油が注がれるという儀式から来ています)、ヘブライ語ではメシア、つまり救い主になります。イエスというのは日本語的な発音で、イェシュアというのが、実際にイエス様が話されていたアラム語での発音になり、かなりありふれた名前だったようです。
 つまりキリストというのは名字ではなく、言うなれば「救世主」のことですが、精神世界でキリストという場合は、イエス様のように「神様と同様の大いなる愛」のごとき意味あいで使われているのをよく目にします。先述の自動書記本『無条件の愛』も、そのような意味でした。キリスト意識、キリスト精神と言われ、「それ」が充満している人は誰でも、「○○・キリスト」と呼ばれてよい、と言われたりもします。
(おそらくそれは、当のイエス様も望んでいたことだと思われますが、後に人間たちが作ったキリスト「教」では、およそそんなことは教えない、または考えたくない立場の人が多いのです。)
 さてキリスト教は、ユダヤ教が母胎になっている宗教です。当時ひどい生活状況にあったユダヤの人々が、唯一絶対神から与えられた律法を遵守すれば救われるのだという、神様とユダヤ人との、その契約からできていました。有名な「モーセの十戒」を始めとし、たくさんの律法が定められたのです。その神様との契約が「旧約」で、「旧約聖書」はキリスト教の聖典でもありますが、ユダヤ教の聖典として、まず出発しました。
 ニューヨークに住む私の友人のユダヤ人は、正統派ユダヤ教徒で、朝から晩まで色々な決まりごとがあり、一口食べるごとに何かを唱え、泊まりに行くと私もユダヤ教的食物しか食べさせてもらえないほどなのですが(コーシェル・フード<聖なる食物>と言われるその食べ物は、豆腐や海草なども含まれ、昔の日本人の食卓に似ているものを感じました)、「イエスは多くいる預言者の一人だ」と言って、あまり重きをおいていません。
 そう、ユダヤの人々は、神様との契約を守りきれなかったこともあったためか、ほとんどよくならない生活の中で、「いつか我々のメシア、救い主があらわれる」という預言者たちの言葉を信じ、希望の灯火を高く掲げつつ、ローマの圧政下に暮らしていました。
 そこに現れたのがイエス様だったのです。隣人愛を中心に暖かな教えを説き、多くの人からメシアだと信じられたのです。それらの人々は彼こそが、自分たちをローマの圧政から救い出して自分たちの国をうちたててくれる人だと期待したのですが、イエス様はそのような地上の国に興味はありませんでした(そんなことはなく、熱血革命家で、ローマ人たちから民を救おうと画策していた、と主張する後世の人々もいたことは、先述しましたが)。
 処女マリアから生まれたとされ、三十代前半からほんの三年ほど教えを説き、たくさんの人の色々な思い、様々な目的の中で崇拝されたイエス様は、しかし、律法学者その他の反感をかって、とうとう十字架刑に処せられてしまったのです。そしてその三日後に復活し、死の克服と再臨という大きな希望を人々に残し、天に昇られたといわれます。
 釈尊の所でもそうでしたが、こんな少しの字数で済ませる自分がおそろしいです。いずれの場合も、何兆ページ書いても尽きることのない深い信仰なのですから。けれどもここでは、信仰解説が目的ではないので、ぜひ聖書を通読されることをお勧めして、いったんこのあたりでやめておきます。なお、イエス・キリストを介して、神様と信仰者にかわされた約束がかかれているのが「新約聖書」です。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
キリスト教1 あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる