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zoom RSS テーマ「仏教」のブログ記事

みんなの「仏教」ブログ

タイトル 日 時
仏教1
 仏教については神道やキリスト教よりずっとずっと長くなってしまうだろうから、不公平に思われやしないかと懸念していましたが、書いてみましたら特に長くもならなかったので安心しました。なぜ長くなると思ったかというと、一国の民族宗教と言ってよい神道や、全世界に信者はいて様々な宗派はあるけれども、根本教典が旧約新約の聖書に絞られるキリスト教と違って、仏教は世界宗教でもあり、かつ「八万四千の法門」と言われるほど数多の経典を持ち、しかも原始仏教と我が国にて伝来してきた仏教を同じものと考えてよいとも言いづらいた... ...続きを見る

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2008/09/03 14:53
仏教2
空  釈尊やイエス様は、おとなしく物静かで決して激情にかられないイメージが強いですが、実はお二人とも各々が出現した当時の堕落した社会を改革すべく果敢に挑戦した、内面の熱い人々だったということです。  釈尊は当時の、全ては一つと言われながらも公然たる差別がまかり通る状況を打破すべく、「我なんてものはないんだ! 永遠なるものなんてないんだ!」と説きました。  仏教は唯一絶対神を掲げません。造物主たる永遠不滅の大いなる者も、不変の魂もないのだとします。自分の内に永遠不滅の我などないのだということ... ...続きを見る

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2008/09/03 14:52
仏教3
今ここに心を静める  ここを書いていて思い出すことがあります。まだ私がひとケタの年の頃、デパートのおもちゃ売り場で、一つのおもちゃ――というにはあまりにも面白みのない、ある物に魅せられてしまったことがありました。小さな水槽の中で丸い透明な玉が幾つか浮いたり沈んだりしているだけのもので、なぜそんな物に夢中になったのかわかりません。確か母か誰かを待っていて一人でいる時にそれに目を奪われ、じーっとその動きを視ているうちに、おもちゃ売り場ですから子どもたちの声がものすごくうるさかったでしょうけれど、だ... ...続きを見る

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2008/09/03 14:50
仏教4
自他不二  心を静めると、少なくともその間だけは自我や思いが消え、自我や思いがなくなったところに内から湧き上がる仏性が充満します。すると突然、内なる仏性と、外界を満たしている仏性が溶け合って、自分と外界が別のものである、という感覚が脱落してくる瞬間があります。  自分と大自然は一つ、大宇宙は一つ。宇宙の中に自分があり、自分の中に宇宙がある。  生きとし生けるものは、みな一つである。  T章でも神道でも同じ意味を書きました。一言でいうと、「ワンネス」です。  そのことを深く理解した釈... ...続きを見る

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2008/09/03 14:48
仏教5
菩薩行  先ほど「如来と仏陀は同じもの」と書きましたが、では「菩薩と如来」はどう違うのでしょうか。観世音菩薩や阿弥陀如来という名称などありますが、菩薩というのは仏陀(目覚めた人)ではないのでしょうか。  菩薩(菩提薩タ★)は、元来は悟る前の仏陀、つまりシッダールタを指していましたが、大乗仏教に入って、悟りを求め修行する人のこと、そして悟れる一歩手前で踏みとどまり、あるいは悟ったけれどまたその前の段階に戻ってきて、「私よりまずあなたがたを先に彼岸に渡しましょう。私よりあなたがたの救いのほうが先... ...続きを見る

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2008/09/03 14:44
仏教6
大きな楽しみ  仏教には本当に様々な宗派がありますが、また、もしかしてそれぞれの派によっては同じことを違う名で読んでいるかもしれませんが(ここには大筋と絡まないため書きませんでしたが、人生を輝かせるすばらしい言葉や逸話は、諸宗経典の中にザクザク見つかります。現代語訳で読むと、なんともわけのわからなかったお経がこんなに面白いものがだったんだ、という発見もきっとあるでしょう。ご自分の信仰があってもそれはそれ、ぜひ書物として楽しんでみてください)、この点はどこも外してないと思います。  T章で言う... ...続きを見る

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2008/09/03 14:43

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