あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!

アクセスカウンタ

zoom RSS あとがきにかえて3

<<   作成日時 : 2008/09/02 22:17   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 神道には、まさに「中今」ということが言われました。「現在の今を全力で生きる」(○○ページ参照)。古来日本人がやってきたことで、そのために大らかな時代を生きられたのではないかと思うのですが、いつのまにか先々にばかり目を向けるようになり、不安な日々を送るようになってしまいました。今こそ先祖の生き様に立ち戻る必要があるのではないでしょうか。
 仏教でも「今ここ」は基本です。如来(仏陀)となるための道が仏教、仏の道であり、如来になる前の段階に菩薩というものがある、と仏教の章に書きました。その菩薩たちはまさに、この精神で生きているのです。――「菩薩は何をするときも、いつもそれに精神集中しており、実行の仕方も徹底的である、ということです。私たちも、自分の好きなこと、自分にとって利益になることには、ときに夢中になります。菩薩はこれに対して、いわばいつでもどこでも、すべての活動に夢中になるわけです」(木村清孝『華厳経をよむ』NHK出版)
 キリスト教においては、特別そのことについて書かなくてもよいと思われるくらい、全てに渡って「今ここ」が生きています。全生活を主にゆだねているのですから思い煩う必要がないため、心が静まってることは、まず大前提なのです。――ヘンなたとえで恐縮ですが、私は初めて痔による出血をみた時、大腸に大きな病気があるのではないか、と非常に心配しました。ただの痔だとわかるまでの数日の気持ちといったら、なんとも言えず神妙で、自分が突然とても、か弱くなってしまったように感じました。そうです、「自分の力で生きているのではない」感じ、「大いなるものに生かされている」感じがしたのです。内につながって、その「大いなるもの」が自分の内にも存在するとわかれば、どんな荒波がこようと過剰反応はしなくなるものですが、あの時の私は本当に、「いと小さき者」になったように思えて、一秒一秒をかみしめるように過ごしたのをよく覚えています。そうなのです、「神様の前で小さき者となる」心が徹底しているキリスト者は、それだけで「今ここ」を自然に生きられるのです。

 T章の終わりに書いたことを復習しつつ、各々の宗教に即して長く述べてみました。浅学のため、私自身がやや馴染んでいる三つの宗教についてしか書きませんでしたが(それにしても不十分なところがあろうと思います。どうか読者のみなさま、色々ご教示ください。学んで尽きることはありません)、他に世界中にたくさんある信仰の教典の中で、折に触れて手にしたものを読むことがあると、やはり根本はどこも同じことを言うものだなあ、感心してしまうのです。つまり、何度も書いてしまいますけれども、「幸せになりたい人向け」に何十、もしかすると何百出ている今の本に詰め込まれていることは、はるか以前から教えられてきたことなのです。しかし未だに、多くの人々が幸せを求めてさまよっています。
 信じて、やってみて、やり続けない限り、その彷徨は永劫続くことでしょう。信じて、やってみて、やり続けた人があまりにも少ないので、何百年何千年と、かなり多くの人がほとんど変わりなく過ごしてしまうのです。
 今こそ、やってみませんか。
「信仰をしろ」とか、「スピリチュアルにハマれ」と勧めているのではなく、自分に向いた「幸せになれるハウツー」を見つけられたら、投げ出さずに続けてみませんか、と呼びかけたいのです(長く続けることはすばらしいことで奇跡を呼びます。キリシタン霊と交信している例の友人は、「私の守護霊様たちが、守護霊様の幸せというものがどういうものかわかりませんが、どうか幸せでありますように」と祈りつづけて二〇年目にして初めて、御霊からコンタクトがあったのだそうです。そうなのです、例のキリシタン霊は、この人の守護霊様のお一人なのです。ちなみに守護霊様の幸せとは、ご自分が守護している人が成長することなのだそうです)。特にここに書いたとおりにやってみたら、とも言いません。これは虎井流の方法を、サンプルとして提示したに過ぎません。
 提示ついでに付け加えますと、今は「自分(たち)にこだわらず、相手を思って動く」→「ワンネスに思いを馳せる」→「心を静めて内につながる」→「今ここに生きる」の順番で書きましたが、これらは逆にたどってもよいですし、どこからやってみてもよい事柄です。もちろん同時にやってみるのが一番よいかもしれません。幸せの軌道です。
 たとえば逆にたどってみましょう。「今こに生き」ると余計な思いをもつヒマがないので「心を静め」ることができます。そこから「内につながることは、人によってはかなり難しいし可能ではないかもしれませんが、その努力をしているプロセスでも、そしてもちろん内につながった時は即座に、「みんなで一つなんだ」ということがわかるものです。つまり「ワンネスに思いを馳せ」られます。するとどうしても、「自分(たち)にこだわらず、相手を思って動く」ようになるのです。
 そうなると、自分一人の幸せなど、どうでもよくなってしまうことでしょう。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
あとがきにかえて3 あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる