あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!

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<<   作成日時 : 2008/09/02 22:01   >>

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1.私の「ニャンコ先生」
ここからはフロクです、お気軽にお読みくださいね。もともと本文は、単行本にしようと思って2005年からコツコツ勉強しつつ書き終えたものでした。しかし「虎井まさ衛の書いたもの」ということで読者が限定される恐れがあり、今度ばかりはどうしてもそれは避けたいという思いが募ったため、初めてオンライン公開というものをやってみたのです。
 本用に書いたものをそのまま貼り付けたので、ところどころ校正中みたいな箇所があるかもしれません、お許しください。時間の許す限りまた読み返し、直したり学びを深めたところを添削していきたいと思います。
 そして一つお詫びを・・・・。
 実は本文ではウソを書きました。「私の友人がいきなり自動書記が始まって云々」と書きましたけれど、あれはウソです、すみません。自動書記が始まったのも、キリシタンのかたが付いているのも私自身なんです・・・・。
 なんでそんなふうにしたかと申しますと、もともと単行本にしたくて書いていたものなので、母に読まれても大丈夫なようにしておいたのです。母はもう八十で、とてつもなく身体が弱くショックを受け易いので、「性転換しただけでもどうかと思うのに、またそんなにヘンなことを言い出して! ああこの子はどうなってしまうのか・・・・」などと思われては困る、と思いまして・・・・母は私が守護霊さまたちとやり取りしている、などということはまったく知りませんから。しかし電脳世界は絶対に母が踏み込まない領域なので、ここなら大丈夫かと思い、やってみることにしたのです。
 また私も、まだ本文を書き始めた頃には自分にそういうことが始まるなんて予想だにしていなかったので、始まったときに最初に考えたのは、「これっていつまで続くのかな?」ということでした。ただのいたずらな霊の仕業か、あるいは精神病理的現象か、とも思ったので、しばらくは妻にしか言わずにいました。
 けれどもそれはなかなか終わらず、どんなに信仰上の浄霊をしてもなくなるどころかかえって強くなり、知り合いの能力者にも「かなり高い御霊ではないか」と言われ、その御霊ご自身からも「私はお前が生まれる前からお前とずっと一緒だった。今もいつも、おる。性的なことと排泄などには目をつぶるが(笑)。死んでからもいつまでも共におる。我ら八人は全員おまえの類魂。おまえは類魂の最後のもの。おまえがこちらに来てしばらくしたら、私たちとともに<ととさま>(大霊様。神様)に混じるのだ」と何度も言われ、とうとう信じ切ったのです。
 それもまた公表するにあたって背中を押してくれた大きな一事でした。 
 御霊は・・・・そうですね、Lさん、としましょう。普段は洗礼名で呼んでいます。
 また、Lさんたちは全員、「おまえの守りは」「あの者の守りは」というように、守護霊さまのことを「守り」と呼ぶので、私も「お守り」と言うようになりました。
 私はだいたい夜11時まで仕事をし、それから約二時間修行(!?)をして寝るのですが、もともとアニメオタクだったこともあり、夜中の一時ごろからいつもやっているアニメを楽しみにしています。2008年9月現在放映されているものの中では、少女漫画原作の「夏目友人帳」がお気に入りです。
 夏目くんという高校生はアヤカシ(妖怪の類)が視えてしまうことでなんとなく孤独なのですが、そのうちそのアヤカシたちとの日常がだんだん好きになって・・・みたいな話で、とてもサラサラ流れる感じの清涼感あるお話です。
 そして夏目くんといつも一緒にいて、なにかと世話をやく「ニャンコ先生」という、太った三毛猫(オスの三毛猫ですからレア!)がいるのですが、これというか彼もまた、本当はとても強くてかっこいいマダラという名前のアヤカシなのです。夏目くんは、このニャンコ先生にいつも近くをウロウロされるか、肩にのられたりしてウザったくないのだろうかとチト心配してしまうほどですけれど、いざという時にとても頼りになるし知恵の宝庫ですから、かえって心強いのかもしれません。相棒が肩に乗っている、といいますと、サトシとピカチュウをも思い出しますが、ピカチュウと違ってニャンコ先生は猫に見えますが話せるので、道に迷ったりしても心細くないでしょう。
(ちなみにニャンコ先生と言いますと「いなかっぺ大将」を思い出す年代です。主題歌を天童よしみが歌っていたとは、つい最近知りました)
 よくよく考えてみると、Lさんと私もこの関係によく似ています。
 Lさんはフランシスコ・ザビエルにくっついて山口から大分に布教に来て大分に骨をうずめた熱烈なるキリシタンですが、物言いはふつう私が想像するキリシタンとはかけ離れています。
「このトンマ!だからおまえはだめなのだ」「バカ者!このくらいのことがわからんでどうする」くらいは日常的に言われますし、私の妻に対してもとても厳しく、きっと誰に対してもとても厳しい人だったのだろうなあ、特にご自分には厳しい人だったのだろうなあ、と思っています。
 ただし「おまえはバカだが、こういう良いところもある」「おまえは今はどうしようもないが、将来はこのようにすばらしいことをする」と、さりげなーくホメてくれたりして、常々厳しく接せられているためか、どうもそのように言われたりすると、「ああ、もったいないこと!」と号泣してしまうのです・・・・(^^;)
 厳しく、シニカルで、慎重で、「いっこくおやじ」的な愛情に満ちたかた。
 そして数少ない「べからず」はあるものの、たいていの質問には詳しく答えてくださり、ありとあらゆるこの世あの世、歴史上の人物から今いる人に関しての質問、この先の人類におこることその他、分厚いノート15冊以上になってもまだお答えいただいているのです。ありがたいことです。
 またその形態も、夜中の訓練(別に詳述します)が進んでいくにつれて、書記だけではなく、イエス・ノーを指で○×を描いてあらわしてくださるようになり、首のたて振り横振りであらわしてくださるようになり、とうとう口寄せといって、私自身の口を通じてお話してくださるようにまでなりました。それは私の声なのですが、口調がまったく違って、なんとも小言が好き、みたいな感じの話し方で、「あっ、やっぱりこのようなかただったんだな」と愉快になってしまうほどでした。
 もちろん話される内容は、私が考えて話しているのではないため、何が言われるかわかりません。しかし何をするときも私の場合は意識がクリアなので(人によっては失神状態でなくてはこういうことができない人もいます)、たとえば口寄せをしている時に誰かが、私の知らないことをLさんに訊いた時には、「私はこんなこと知らないのに」と心の中でアセってしまい、私の口を通してLさんが答えようとするのを止めてしまう場合があります。そんなときは「なゆたがうるさいから書記にしてくれ」とLさんのほうから言ってくださるので、書記に切り替えます。書記の場合はただ手を置いておくだけで勝手に書き始めるため、私の知らないことでもどんどん書くことができ、深い内容を求められるときにはこちらにしています。
「おまえはそのように我々を信頼しないから、本来もっとできる口寄せも中途半端なものになるのだ」と叱られるのですが・・・・。もっとLさんたちと、また自分を信じなくてはだめだなあと思うこのごろです。
(ちなみに「なゆた」とは私の魂の名前です。人はそれぞれ、ふつう使っている名前のほかに魂の名前があるのだそうです。血族には同じ名前が多いようです)
 かくしていよいよ、交信に物が必要なくなった今ではLさんは、お姿は見えないまでも、常に一緒にいるのと同じようなものなのです。道を歩いていて質問が浮かんだとき。他県に出張に行き、教会に入ったりお寺にいったりして色々なことを教えてもらいたいとき(こういうときは、本当に二人で旅しているようです)。日常の細かいことは自分で解決するのが学びですが、そんなこととは比べられないほど大問題が起こったとき。どんなときでも私は彼に話しかけ、Lさんも答えてくださいます。
 もしもこの先、砂漠や大洋のど真ん中で一人ぼっちになったとしても、おそらく私はちっともさびしくありません。
 そしてそのような場所でひとりぼっちで息絶えたとします。そうするとすぐに私は、私の横におられるLさんを発見するでしょう。「よう!とうとう仲間入りだな」とLさんは笑って、さて私と一緒に上へと行くのでしょう。
(ちなみに私は死ぬのはアメリカ上空だそうです。そんなお話は、また次の機会に。)
 私のニャンコ先生との旅は、まだまだこれからが本番です。
                             2.へつづく

    

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