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zoom RSS 幸せになるその方法4

<<   作成日時 : 2008/09/03 16:46   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

 この時のこの心境に再び至りたいために、今私は努力しているような気もします。今も私は友人知己のために祈ります。世界中の人々のためにすら祈ります。しかし正直なところ、「そうするべきだ」と思ってそうしている、というのが本音です、それでもしないよりはマシでしょうけれど。けれどもこの手術直後とそれに続く数日の間は、心の底から感謝と祈りが湧きあがって、止めようにも止められませんでした。自分と他人の区別なく、とにかくみんなのために祈ることが、そうしようと思う前からできたのでした。冷静な頭で、その後の生活上の困難さへの対処について考えることもしていのですが、だからといって、生活がどんなに大変でもそんなことに関わりなく、幸せである思いが溢れてくるのです。
 純粋な、真の幸せでした。
 ただ――慣れというのは恐ろしいもので、この光り輝く思いも、一週間とは続かなかったのです。大手術でしたが五日で退院させられ、モーテルの部屋に帰って数日経った頃には、日々の雑事と将来への不安に満たされる生活に、自分のことだけで精一杯の生活に、すっかり戻ってしまいました。
 けれども一つだけ進歩できたなと思う点は、苦労しているから不幸なのではない、とわかったことです。今考えるとその時期の私はとても苦労していたのですが、それなのに、まさにこの最高の幸福を感じることができたのですから。目の前には登るべき山がまだまだありましたけれど、この時の「真の幸せの記憶」の輝きだけは、まだ時折心の中にゆらめいているのを、その後も、今もずっと感じます。それだけで、「一般的な」幸せ気分でいられるのです。術後の私は、十九年経った今でも、ずっとハッピーなままで、この先もそうなのです。
 そうです、それは「心が幸せを創る」ということがわかった最初の日々でもありました。状況は手術前とは変わらないばかりか、もうすでに身体が変ってしまい後戻りできない状況で、前より悪くなっていたはずです、一般的に観れば。しかし私の心があまりにも以前に増して輝いてしまっていたため、状況がどんなひどくても、全く気になりませんでした。と言うより、気にすることができなかったのです。あまりにも嬉しくて楽しくて、たまには差別的な目で見る看護士もいたのですが、それでも愛しくてお礼ばかり言っていましたし、固形が食べられなかった時に出されたスープがガソリンみたいな味でも、甘露のように皿をなめんばかりにして飲み干していました。全てが麗しかったのです。精神病理学的には「多幸症」というのかもしれません。
 それでも私は、「一般的な」幸せよりずっと深い幸いを感じたあの日々のことが、忘れられないのです。もう一度あの境地に至り、二度とそこから離れたくないのです。

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