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zoom RSS 幸せになるその方法9

<<   作成日時 : 2008/09/03 16:34   >>

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特に叶えたい望みがある場合
 もし私が子どもの頃からこのようなテクニックを知っていれば、虚弱児童のための海辺にある学校にもう少しで行かされそうだったほど病気ばかりしていた時も、ひどいいじめられっ子だった時も、男の身体をしていないことが信じられなくておかしくなってしまいそうだった長い年月も、きっとずっと心穏やかに過ごしていたでしょう。
 思い出すのは、しかし、虚弱児童だった頃の或ることです。今ですと体温が一度あがっただけで大騒ぎしてしまいますが、子どもの頃はどんなにひどい病気をしても、病気がもたらす苦しみ以外の辛さはありませんでした。私が元々外遊びの嫌いな子で、一人で本ばかり読んでいるタイプだったので、元気でも病気でも、大差なかったからなのかもしれませんけれど。
それにしても川崎病で連日四十二度の熱があり、喉が腫れて喉越しのよい麺類しか食べられなかった日々も、どう思い返しても大して辛くなかったのです。川崎病の専門医と言われていた遠くのお医者さんにかかりに行った日に、オレンジジュースを買ってもらって、その缶にドナルド・ダックが描かれていた。そんなことばかり記憶にあるのです。
 もし今同じような症状が出たら、現在の仕事の遅れや将来に及ぼす影響のことばかり考えてあせったり、あるいは死の影もチラついたりして、缶ジュースの絵柄を目に入れる余裕があるか怪しいものです。けれどもそのような余裕こそが、病気の時などには特に必要なものですね。気持ちを明るくしないと、病状は悪化するばかりです。
 実はこの時期の私は、ひどくいじめられていて、なんとかして学校に行かずに済むようになりたいと、そればかり祈っていました。その祈りが届いたのか、かくして一ヶ月以上寝込むことになってしまったのです。小学四年生の時でした。もう少し年がいっていれば、進級のことなど不安に思ったのかもしれませんが、この時の私はまさに、未来について考えることも、いじめられていたつい最近の過去についても敢えて思い出すこともなく、「今この時」そのものに生きていました。そのため長く続く高熱も大して辛くなく、「心臓の血管に後遺症が出るかもしれない」という医師の言葉にも怯えずに、この病気特有の症状の一つなのですが手の薄皮が手袋のように全部剥けてくるのを、面白がってペロペロと剥きながら、ただ毎食の麺のこと、次に何時からどんなアニメがやるか、熱が少しさがったらどの本を読むか、そんなことを思って一日が終わっており、気持ちの上では幸せだったかもしれず、気持ちが幸せであるということは、もしかすると命にかかわる病気をしているかもしれなくとも、また外側で何が起こっていようとも、幸せなものなのだなあと、この時のことを思い出すにつけても、合点がいくのです。
 何が起こっても、「その時」に生きて幸せだった子ども時代。多くの人は確かにそういう時代――動物に近い時代を過ごしてきたはずで、今またそこに戻ることを私はおススメしているというわけです。
 けれども先述しましたように、「一秒ずつ無心に生きる」実践は、実際に平安をもたらし不幸な状況にいても不幸にならずに済みますけれど、「いや、私は絶対に、この願いを叶えるまでは、どんなことがあっても自分が幸せだとは思うことはできない!」といったような、非常に激しい思い込みをもった人々には、なかなか通用しないところではあります。昔の私がそうだったので実によくわかるのです。「なんとかして全ての手術を終えるまでは、たとえ億万長者になろうと世紀の大スターになろうと、そんなことは物の数ではない。ウインナーソーセージみたいな人工ペニスを付けることのほうが、数兆倍も幸せだ! 付けたその日に死んでもいい!」とまで思い詰め、十数年を過ごしました。
 本当に幸せの基準というものは人それぞれですね。
 とにかくそういう狂おしいまでの思い込みを持っている時でも、心を入れかえて「今ここ」を実践すればもっと楽な気分になれることは間違いないのですが、例えば昔の私のような「なんとしてもこれをしなくては幸せになれないっ」という事柄のある人は、「それじゃまず、その願いを叶えてしまいましょうかね」といった方に向かったらよいのでは、と思います。先述しましたように、私も手術が終わったあとは、それ以外のあらゆる状況や事情はほとんど救いようもなかったのですが、ものすごく幸せになってしまい、そのあとの苦労などものともしませんでした。というより、幸せな気分でいる限り、苦労を苦労と思えないのです。ですからさしあたり、そのとてつもない熱さをもつ願望を満たしたほうが、やはり話が早いような気がします。
 そのためにはどうしたらよいのでしょうか。
 私は今まで、男体をもちたい。男の戸籍をもちたい。本を書く人になりたい。という三つの望みを叶えました。各々かなり時間はかかりましたけれど、人生で三つの夢を叶えたのですから、ありがたいことだと思っています(たいていの人は、心と身体と戸籍の性別が一致している状態からスタートしているので、その点では私の最初の二つのものは、夢の実現というよりは、ハンデの克服のようなものかもしれませんが)。
 これらの願いを叶える過程で、私は精神世界の本にはほとんど接することがなく、「願望実現のハウツー」を知っていたわけではありませんでした。ただ後々勉強していく上で、「はからずも自分はこれを熱心にやっていた!」と自信をもって言えることがあります。
★「自分は絶対にそうなる」と信じることです。
 先述したように、「思い」にはエネルギーがあり、そのエネルギーは同じ波動をひきつけます。強力な願望はものすごい「ひきつけ力」を持ち、その望みを叶えるために欠けている条件を整えていってくれるのです。
しかしその「道路の舗装」ともいうべき作業も、基礎となる心そのものが平らかでないと、なかなか時間がかかるものなのです。「今ここ」を生きて平安の境地にいる人が強い望みを抱いた場合、願望実現の速度には驚くべきものがあります。私は三つの望みを叶えた後にこの法則を知ったので、十年二十年の長きに渡り、混乱した心のままに、ただただ願うことしかしませんでした。もしもっと早く「今ここ」の心をもつべく努力していたら、全ての望みがもう少し早く叶っていたかもしれません。まあ、願望達成をあまりにも強く信じて疑わなかったために、時間はかかったものの何とかなりましたが。
「自分にはできないかも」などと思ってはダメです。思い出してください、あなたの中には神様がいるのです! 神様を発動させるためには、疑念は最大の敵です。「私は〜になりたい」という祈りもどうかと思われます。「人生は思っている通りになる」というのは、精神世界では通説です。「思い通りに」ではなく、「思っている通りに」なるのです。「歌手になりたい」と思っていると、「歌手になりたい人」にしかなれません。「私は歌手だ」と信じていると、まだ歌手ではない現実に欠けた条件がどんどん揃っていって、「私は歌手だ」と名実ともに言える日が来るのです。                   
言葉で思うだけではなく、夢が実現した状況を鮮明に思い浮かべることにも絶大な効果があります。スポットライトを浴びて声援を受けながら歌ったり、押し寄せてくるファンににこやかに手を振ったり、巡業先のホテルに帰ってホッとしたり。可能な限り細かいところまで思い浮かべ、心に刻み付けるようにするとよいでしょう。
あらゆるビジネスの啓発本に、「成功した自分の姿をたえずくっきりとイメージし、潜在意識に刻みつけろ。それは必ず実現する」と書いてあるのを読まれた方も多いと思われます。もちろんそこで潜在意識云々と言われているのは、私たちの言う「内なる神様/魂」と同義だと思っていただいて結構です。全知ですから、どうすればこうなる、というノウハウを全てわかっており、私たちが本当に心の底から「私は〜だ」と信じた場合には、その実現に向けて道を拓いてくれるのです。
その時も、曖昧模糊としたイメージよりも、「ライトはこんな具合にあたって、ステージ・セットはこんなイメージで、楽屋はこんな雰囲気、そこで食べる弁当はこんなおかずで」といった細かい指示をこちらから出した方が、叶えてくれる側にとっても多少は手間が省けて楽かもしれませんし、真剣さが伝わって微笑ましいかもしれません。
「今ここ」を生きて心を平安に。何か考えるとしたら、願望実現のイメージを細かく思い浮かべましょう。

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