あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!

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zoom RSS 幸せになるその方法11

<<   作成日時 : 2008/09/03 16:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

 ――ここで少し、私自身の守護霊様についてお話させてください。私は一九八八年に、初めて本当の霊視を受けました。今はもう霊能者としては引退しているその人は、一般家庭の主婦で、瞳の色が少し薄い以外は、優しそうな普通のお姉さんでした。
 彼女は私の守護霊様は、「十七歳で修行中に餓死した真言密教のお坊さん」だと言いました。「虎井さん自身、お寺に入ったりする生活がすごく向いている」とも言われました。
 私は自分が子どもの頃から神仏に関する事柄に惹かれていたことや、お盆の時期などに道でお坊さんを見かけると慕わしかったことや、とても食い意地が張っていることの説明がついた気がしたものでした。
 しかしその翌年にペニスの形成手術を受けてからは生活が目まぐるしく変動し、この「背中のお坊さん」(背後で守護してくださる意として、誰かに話すときに使っていた言葉です)についてはあまり考えることもなかったのです。
 けれども先述したように私は、ほどなく再び精神世界に惹かれて今日に至っており、そうなってからはどうしても毎日、「背中のお坊さん」のことを気にかけていました。あのお姉さんはお坊さんのことしか言わなかったけれど、主な霊は別の人で、お坊さんはもう交代してしまったのではないだろうかと、それが心配でした。私は古今東西の「僧」というものが好きなので、ずっと一緒にいたかったのです。
「守護霊様はいつも自分と共にいらしてくださる。導いてくださる」と思った時から、守護霊様の力は今まで以上に届きやすくなり、より多くの導きを受けることができます。楽をさせてやろうという導きではなく、より人間性を磨いてやろうというお導きですから、時として非常に辛いものもありますが、長い眼でみれば、必ず「あの時のあれがあったればこその今である」と思えるような試練なのです。いずれにしろ、何か信仰をしている人は、自分の信じる神や仏等以外の見えざる導きを受けると考えることに、それが他ならぬ自分自身の守護霊様からと言えども、抵抗を感じるかもしれません。私もそうでした。しかしその信仰にたどり着いたこと自体、守護霊様のお導きなのだと思うようになり、落ち着きました。善い信仰なら「おススメ」だし、邪悪なカルト等だとしたら、「そこでの失敗から何かを学べ」という「お試し」なのではないでしょうか。
 そう思えるようになってからは、いっそう「背中のお坊さん」に心を向けるようになりました。なんだかんだと思いめぐらすというわけではなく、少しでも嬉しいこと(電車がすいていて座れたとか、今晩面白いテレビ番組があるなどに始まり、全ての喜ばしいこと)があった時に「ありがとう」と感謝するのです。今までは信仰上の主に感謝していただけでしたが、そこに「背中のお坊さん(アンド背中の人々)」が加わったというわけです。
 そうしているうちに、私は真夜中に二度か三度目がさめるのですが、二時や三時の薄暗い部屋に一人起き出すと、とても暖かい何かに包まれているような感じを覚えるようになりました。「私はお坊さんをはじめ守護霊様たちとつながっている」という自己暗示のなせるわざなのかもしれませんが、たとえば舞台でスピーチを始める直前に何人もの方々に「頑張ってね」「しっかりね」と言われる時の、あの感覚なのです。子どもの頃からこの感覚を持つことができたなら、夜中にトイレにいくのが恐くなかったはずなのになあ、と思ったくらいでした。
 その頃から――私は巷で言われる霊能者のような霊能がないので、どこまでがスピリチュアルなことでどこまでが自分の想像なのか全くわからないのですけれども、頭の中に若い男性の顔が、たいていは私の気持ちが落ち着いている時に、フッと浮かぶようになりました。タレ目で鼻の大きな、微笑んでいる顔で、とても穏やかそうな人ですが、顔の周囲を何かで囲っているようで、眉毛が見えないのです。私は理由もなくそれが「背中のお坊さんではないか」と思い、何か感謝する時にはその顔を思い浮かべるようにしました(思い起こせば、中学時代の片想いの相手によく似ています。いわゆる一目ぼれだったのですが、それまでに「いいな」と思ったタイプと似ても似つかないので、どうして好きになったかもわからずじまいでした。「背中のお坊さん」に似ていたからでしょうか?)。
 そんなある夜、夢をみました。いわゆる明晰夢というもので、自分が「夢をみている」ということをわかっていながらみている夢でした。
 高い崖の上か山の頂に古色蒼然とした威厳あるお寺があり、そこから視線を下方に転じると、川辺の石を洗う水も透明な美しい沢が広がっていて、私はそこの岸に立っていました。少し離れた所に、背の高い若いお坊さんが立ってこちらを見ていました。
「背中のお坊さんだ!」と思った私はドキドキしました。なぜお坊さんだとわかったかというと、笠をかぶって墨染めの衣を着て頭陀袋を下げているという、お坊さんの外出時の定番のような格好をしていたからです。「笠をかぶっていたから、眉がはっきり見えなかったのかな」と思いました。
 ゆっくり近くに寄っていくと、確かにいつも浮かんでくる顔のお坊さんで、十七で亡くなったにしてはとても大人びて見えましたが、何百年も前の日本人は今よりずっと大人ですから、無理もないことです(実際にはこの年齢は違っている、ということが判明したのですが、それは「あとがきにかえて」の中に書きました)。仏像などによく見られるような、「あなただけが特別ではない。この慈しみは万人に向けてのもの」とでも言うような微笑をしていました。
 私はキアヌ・リーヴスの大ファンだった昔、キアヌが「映画俳優」としてではなく、自分がベーシストをつとめるドッグスターという「ロックバンドの一員」として来日する時は、どうして同一人物なのにそんなに極端に違うのかといぶかしいほど、周囲のガードが甘くなるということを知り、バンドとして来日した時に何回か追っかけ、信じられないことに何分も話をしたことがあります。
 キアヌに実際に会ったらあれを言おうこれを訊こう、と様々に脳内シュミレーションしていたにもかかわらず、本当に卒倒しそうなほどアガってしまって、カチンコチンになって突っ立っていたあの時の自分のことを思い出すと、どうにも苦笑してしまうのですが、「背中のお坊さん」と相対したこの時も、なんだか似たような心もちで、思っているように言葉が出ず、ただ、「いつもありがとうございます・・・・・・」とボソッと言っただけでした。
 その時です、夢の中の自分の目の前の空中に、筆でサラサラと美しく二文字が書かれていきました。本当に、空中に筆で書かれたのです。私はこれがお坊さんの名前なのだと咄嗟に思いました。
  お坊さんはそんな私に優しく、<いつも見守っていますからね>と伝えてきました。言葉にして発するのではなく、心に伝えてきたのです(日常的な何か「そっちへ行ってはだめだ」みたいな思いが自然と浮かぶ時も、声にして聞こえるような感じではなく、どちらかというと文字として心に浮かぶような感じがします)。
 そしてスーッと遠ざかっていってしまいました。それで夢は終わりです。
 ああなんて私はバカなんだろ、「このままだと将来私はどうなりますか」「自分と人類のよりよい将来のために今、改めるべきはどんなことですか」等々、どうしても知りたいことは色々あったのに・・・・・・あんな型通りのやりとりしかせずに終わるなんて――と、目が覚めてから後悔しきりでした。
 けれどももしこれが本当に「背中のお坊さん」との邂逅だとしたら、お坊さんの姿形と名前、そして真に私を見守っていてくださることがわかっただけでも、信じられないほどありがたいことです。
 全ては、しかし、ただの夢かもしれません。確かなことはこの後から私は、「背中のお坊さん」ではなく「○○さん、違う名前だとしてもニックネームとしてそう呼ばせて下さい。○○さん、みなさん、いつもありがとう」と言うようになったことです。
(二〇〇六年以降にあらたな霊視を受けた時は、私の背後は、もっとすごいことになっていました。この時かかれた名前も、実にこのお坊さんのお名前であったことも知らされました。詳しくはやはり「あとがきにかえて」をお読みください)

 かくして守護霊様はどなたにも付いていて下さるものですし、きつい試みにもひきあわせたりしますがその人のためを思ってのことで、自分が守護している人間の不幸を願うなどということは考えられないことです。自分が付いている人間の成長ぶりが、彼ら彼女らの仕事の成功の指針であるからです。ですからたとえどのような困難にぶちあたったとしても、常に守護霊様の導きを信じつつ、心を平らかにして進んでいきましょう。
 もちろん苦しみだけをぶつけてくるようなこともなく、正しい願いは達成させようと手助けしてくれるのは、すでに書いた通りです。この世に生きている人間の守護職に付けるのは、死んでからかなりの年数修行をして格が上がった霊や、死ぬ前から心がけが立派で霊格の高かった人だということなので、悪い願いや、内なる愛のエネルギーからは決して出てこない汚い想いの成就には、力を貸してくれませんし、もしも叶えてくれたとしたら、その悪い願いを抱いた人が因果の報いを受けてひどい目にあい、反省することを期待してのことなのです。
 

平安は幸せよりも深い
 ここで虎井的幸せ術を整理しましょう。と言っても、どれも数ある精神世界の本から自分の好む所をチョイスしただけですが。
一、因果はめぐり、やったことは返ってきます。幸せな気分になりたかったら、誰かを幸せな気分にしてあげましょう。すぐには効き目がないかもしれませんが、絶対にいつか自分のためになります。
二、「今ここ」を生きて(できれば「内なる神様/魂」とつながるところまで深め)、心を静めましょう。心を無駄に動かさなければ、不幸のもとについて考える時間がなくなります。
三、もしもどうしても叶えたい事柄があり、「それを叶えない限り絶対幸せにはならない」と思い込んでいるときは、すでにそれが達成されていると堅く信じて、もちろん実現のための努力もしつつ、「私は〜である」と、すでに現実になったかのように宣言して暮らしましょう。パズルのピースがはまっていくように、欠けた部分を呼び込むことができます。
   このように暮らしている日々も、「今ここ/心静め」を基本にしましょう。守護霊様の助けを得やすくします。

嘘だと思ったら、ぜひ試しに実行してみてください。少なくとも心が静まっている間は、不幸ではあり得ませんから。
 ――何も考えていないことで平安の境地に至ることができるというのであれば、「平安」というのは「幸せ」より深いものなのだな、と思います。どんなにひどい状況にいても、ひどいのはその状況であって、自分がそれを「ひどい」と思わずに平らかな心でいられたとしたら、そのひどい状況は自分を不幸にしません。そして(何も考えていない状態で)平安の境地にいたとしたら、どんなに喜ばしいことがおこったとしても、すでにある「平安」以上の幸せは感じないのです。
 平安は、つまり「悟り」の状態と言ってもいいかと思うのですが、喜びも悲しみも全て「自分の外にあるもの」にしてしまうのです。
 私は時々男と女の話をする時、「男と女は両極端かもしれないが、しょせん同じ棒の両端」と言ったりしますが、喜びと悲しみについても、同じことか言えるかもしれません。どちらもただの感情の二つの側面なのです。それを甘く、あるいは辛く味付けするのは、私たちの心の動き、それのみなのです。外にある単純なものを、自己の心が色づけしているのです。
 なんだか仏教的ですね。私はキリスト教芸術を愛していて、この文章の清書を入力している間中、グレゴリオ聖歌やマタイ受難曲を流していますが、守護霊様の導きもあるのか、どうしてもこの方面に流れるのが好きなのです。けれども究極の好みとしては、悲しみや怒りは感じずに、楽しみや喜びには目いっぱい浸りたい! というところでしょうか。たいていの人はそうですよね?

 さて、では次からは、私たち日本人――と言いますか私に馴染み深い、神道、仏教、キリスト教の中に、これらの幸せ術を発見していきたいと思います。何千年も前から本当は、人々は「幸せになる方法」を知っていたのです・・・・・・。

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