あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!

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zoom RSS 守護霊様とおしゃべり!3

<<   作成日時 : 2008/09/02 21:59   >>

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3.死してなお(信仰)
 しばらくはLさんとの、これ以上ないほどの興味深い書記が続き、「ああこれだけでも私は大満足」と思っていたところ、半年ばかりしたある夜、半分眠っていたときにいきなり口が開いて、私の声ですがやや低い声で、「・・・・には家来がたくさんおりました。その中の一人で○○というものは・・・」と昔語りが始まったのです。それは主護霊のJさんが、なにゆえ自分が侍の身分から出家したのか、といういきさつを説明して聞かせてくれたのでした。(慣れた今でも、自分の意志とは無関係にどなたかが話し始めるのは神秘的です。)
 そしてその数日後、手が真夜中に、またも急に動き出して、空中や額や身体に文字を書いたり、印を結んだり、何かを振り回す動作をしたり、ありとあらゆることが始まりました。
 それが数ヶ月続いた後、今度は布団の上に起き直って同じような手の動作をさせられました。
 そしてまた数ヵ月後、今度はとんでもない力が注がれて、布団のうえをゴロゴロ転がされたり、エビぞったり逆エビぞったり、自分では絶対できない形のアクロバティックな床運動(??)を半月ほど、毎晩何時間もさせられました。傍でみていた人がいたら、かならずや映画「エクソシスト」を思い出したことでしょう。フシギなことに、翌朝はバリバリ元気になるのです。
 そのあとは、静坐のうえ各々のお守りの方々と語ったり、やはり色々な文字や形を書かされたりしつつ今に至ります。
 本当に一日も欠かさず、こんな私のために力を注いでくださるJさん。ありがとうございます。
 もちろんただ動かすだけではありません。Jさんの訓練が始まってからというもの、私は毎月少しずつできることが増えていっています。人形のように動かされているだけなのに、能力アップしているのです。すごい!! 手を動かして文字を書かせるだけでもすごいですが(今や書記と口寄せはお守り全員がしてくださいますけれど)、身体ごとあんなに自由自在に動かせるなんて!! Jさんはもう神界の上層部のかただということですが、やっぱすごい!!
 お守りの方の声が聞こえることはごくマレですが、この夜中の訓練をしていたある日、「密教の真髄を見せてやる!!」というJさんの雄叫びを聞いたのです。そう、ほとんど何をされているのかわからないのですけれど、されていることが密教的だということは最初からわかっていました。空中に書いた文字の中に「南無大師遍照金剛」という言葉が何回もありましたし、印を結ぶのももちろんのこと、振り回している何かも、独鈷などの法具である感じがしたのです。床運動じみたことをやっていたときにチラ、チラ、と聴こえたように思う言葉も、「なうまくさんばんだ」とか「まにはんどま」とか真言っぽかったし。
 そしてその真髄とはものすごいもので、45年間まったくなにも感じなかった虎井を、密教のなんたるかもまるで知らない虎井を、ありとあらゆることに目覚めさせてくださったのです。
 それを観察していたLさんもある日、「私もなにかやってみたいな。もう少ししたら、キリスト教の秘術をやってみようか。私はここちらに来てから学び、なにもかもできるようになった。秘術はものすごくて、精神面でのヒーリングとテレパシー能力が格段とあがる。ただし、ととさまに通じる穴をいくつもおまえの身体にあける。そんなにものすごく痛いということもないし血も出ないから、ぜひやろう。二人っきりでしごいてやる(ニヤリ)」と・・・・(^^;)こわいけど、そのうちぜひお願いします・・・・。
 夜中にCDを聴いていて、マリア様に関する歌がかかった時など、やはりいきなり手が動き出して、ガッチリと両手が組みあわされてブルブルと震え、「私のものではない」深い愛と尊崇の気持ちが湧き上がってくると、それはLさんのものなのです。こういうときは心の中にマリア様のお姿が浮かんでくるので、「これがLさんが天でお会いになった本物のマリア様なのか」と大感激です。
 歌が終わると、私がおよそ自分の人生では切ったことのない十字が何度か切られ、深く溜息がつかれます(他人事のように書いていますが、私の身体が勝手にやっていることです)。
 Lさんのこのようなマリア様への底なしの愛情を感じると、死してなお信仰というものは消えないのだ、とつくづく思います。「私はあのかたのためなら何度でも死ねる。もう二度と死ねないけどな」と笑うLさん・・・・。

 精神世界の本にはよく「特定の信仰はいらない」と書いてあるものがありますが、確かにそうですけれど、あっても別によいと思います。JさんLさんを見ているとよーくわかるのですけれど、無私にして鋼のごとき信仰心を持ちつつ死んだ人は、死んだあとでもその信仰にもとづいた研鑚を積んで、いと高き存在になっている人が多いようなのです。

 かくしてお坊さんとキリシタンさんに囲まれている私も、仏教でもキリスト教でもない信仰を30年近くしています。
 そして私が性同一性障害に悩みすぎてお守りの人が手を出しづらくなっていて、車にはねられそうになったときは、ここの教主さまが守ってくださったのだとLさんから聞きました。また手術の最中に一度だけものすごく血圧が低下してしまったことがあり、そのときはLさんは地上に降りてきてくださったそうなのですが(Lさんも高いところにいるため、「暗くて臭くて嘆きに満ちた」地上に降りてこられるのはとても苦しいということなのですが)、そのときすでに私の信仰の教主さまがいらしてくださっていて、死なずに済むようにしてくださっていたとのことでした。
 今私はお守りの方々のトレーニングとアドバイスを忠実に守って生活しているので心を迷わせすぎることもなく、もし信仰をもっていなかったらいないで不安はないでしょうけれど、このように過去に何度も救われたことを考えると、この信仰なくばすでに死んでいたわけですから、一生貫きとおしていく決心でいます。考えてみたら私のお守りは全員私の類魂、つまり前世で、ということは私は前世でいつも信仰のうちに死んでいたのですから、自分の今のようなやり方では生ぬるいような気もしています。
 でもまあ、自分の信仰も守りつつ、聖書も愛読して、理趣経も唱えたりしているこの日常は、かなり気に入ってますし、そのようなことをしてもバチなど当たらないのだ、どなたに祈っても全員に通じていくのだから・・・・とみなさんから言われているので、神仏御霊すべてに感謝しつつやっていこうと思っています。
                                   つづく

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